娘のためにコツコツ貯金し続けたOさんの末路
これは私の知り合いのOさんについてのお話です。
現在52歳のOさん(男性)には、二人の息子と娘が一人いました。
二人の息子は健康に産まれ、無事に成長しましたが、娘には生まれつきの障がいがありました。
身体自体は健康であるものの、買い物をしたり、お金の計算などはできない、いわゆる社会的生活は自分一人ではできない・・・という程度の知的障がいです。
そこでOさんは、将来二人の息子に負担を負わせることなく、娘が生活に困ることなく安心して暮らしていけるよう、彼女が産まれて間もない頃から娘名義の預金口座をつくり、給料などの収入から毎月3万円をその口座にコツコツと預けてきました。
それから18年後。
Oさんの娘は相変わらず障がいを抱えつつも無事に成長し、成人を迎えることができました。Oさんは娘が成人したことを喜び、そのお祝いに娘が成人式に着たいとリクエストされた振袖を購入することにしました。そこで早速Oさんは娘を連れて着物屋さんに足を運ぶことに。
親切な店員さんと楽しそうに試着する娘の様子を見つめて目を細めていましたが、やがて娘が「コレ!」と選んだ振袖を見ると・・・当初想定していた予算を10万円ほど上回っていることがわかりました。
本当はもう少し安い着物にしたいところだが・・・成人式当日の自分の晴着姿を想像して目を輝かせている娘の表情を見ていると、なんとかしたい気持ちになってきました。
そしてその時、ふとOさんの脳裏に娘名義の預金口座から足りない分を補填すれば良いんじゃないか?という考えが浮かびました。幸い、娘の口座には700万円以上の預金があるし、今回以外に出費の予定は近い将来においてはないことから、大きな問題はなさそうです。
ですが、その後Oさんは衝撃的な事実を知ることとなりました。
なんと、Oさんは娘の預金口座からお金を引き出すことができなくなってしまっていたのです!
なぜ娘の預金を親であるOさんが引き出せなくなってしまったのか?
その理由は、娘が成人したことにより、「親権が消滅」してしまったから。
いくら娘であっても、娘が成人した日から「親権」は消滅し、財産的には両親とは「赤の他人」になってしまうからです。
結局、Oさんは追加予算をすぐに支払うことができなかったため、泣く泣く予算に収まる金額の振袖を選び直すことになってしまいました。
なぜお気に入りの振袖を着ることができなくなってしまったのか?理由を知る由もない娘はしくしくと泣くばかり。
結果的に、その時の記憶はOさんにとって後味の悪い、辛いものになってしまいました。
Oさんはどうすれば良かった?
■貯めてきた預金が絶対に引き出せないわけではない
今回のケースにおいて、Oさんがコツコツ貯めてきた700万以上の預金が絶対に引き出せなくなったり、没収されたりすることはありません。
ですが、娘さんが成人した時点でその預金(= 資産)は娘さんご自身のものとなり、親であるOさんでも勝手に引き出すことはできなくなったのです。
もちろん、娘さんが親に管理をまかせる意思を示すことができれば良いのですが、障がいが重度である場合は認められなくなってしまうのです。
そうなると、700万円の預金はどうすれば良いのか?それは成年後見人を付けることです。成年後見人の管理の元であれば預金の引き出しは可能です。
とはいえ、成年後見人を付けるにはデメリットもあります。一例を挙げると、一度成年後見人を付けると本人が亡くなるまで後見人を外せなくなる。その間、後見人に毎月一定の報酬を支払う必要がでることなどです。
そうした事情もあり、実際に後見制度を利用している人はわずか2.5%であるというのが実情です。
■どんな状況を整えておくのが娘にとってベストなのか?
今回のケースにおいて、Oさん・娘さんにとってベストと言えるのはどんな状態なのでしょうか?私は以下の状況を維持できることだと考えます。
●娘さんが成人後も引き続き(親である)Oさんが預金を管理し続ける。
●将来Oさんが加齢などにより管理が難しくなった場合、Oさんに代わり、息子さん(娘さんの兄)が引き継ぎ管理する。
これなら、Oさんも娘さんも安心して暮らしていけるのではないでしょうか?
とはいえ、この状況にするためには、現在の法律においては娘さんが成人するまでに事前準備をしなくてはなりません。
娘が成人までにやっておくべきもの
Oさんの状況においては、親子が安心して暮らしていけるよう、娘さんが成人する前に事前準備をしておく必要があります。成人する前の「親権」を活用してやっておかなければなりません。
それは「任意後見制度と金銭信託契約の併用」です。
以下に今回のお話の「障がいを持つ子供がいる親の場合」の任意後見制度と金銭信託契約について解説していきます。
■任意後見制度とは?
後見人制度とは、障がいや痴ほう・病気などの理由により、生きていく上で必要な財産管理や医療・介護などが必要になった場合の意思決定を自分で行なうことができない人のため、その人の代理として管理や手続きを代行する人を指します。
今回のケースでは、Oさんは娘さんが未成年の間は「親権」を使って預金の引き出しをすることが認められています。しかし成人になるとOさんの親権はなくなってしまうため、引き続き管理をおこなう権利を法的に認められるよう、Oさんを娘さんの「後見人」として契約しておくものです。
そうすることにより、娘さんが成人後も契約書内に書かれた内容については同様の状態でいられます。
この制度を活用する上で注意すべき点は、後見人に加え、後見監督人を選任させる必要があります。後見監督人の役割は、おもに後見人を監督することです。
後見監督人は、弁護士や司法書士などの法律に詳しい専門家が選任されるのが一般的です。したがって、後見監督人に対して一定の報酬を支払う必要がでてくることを理解しておく必要があります。
子供が重度の精神障害を抱えている場合に限らず、子供が未成年の間は親が親権を使って子供名義の預金の引き出しは可能です。
ですが、今回のお話のように子供が成人してしまうと親は勝手に子供名義の預金の引き出しはできなくなってしまいます。
また、親が元気なうちは親自身が子供の生活を支えることができますが、親も歳をとりますので、いずれ身体能力や判断能力が低下することも考えられます。そのようなとき、子供の世話をする人がいなくなってしまいます。
そのような事態を避けるために子供が未成年の間に「親権」を活用して信頼できる人との間に任意後見契約を締結することができるのです。
任意後見契約では代理権目録に書いたことに対して正当な代理権を持つことになるので、障がいを持つ子供それぞれの状況に応じた契約の内容にします。
そして契約が始まるタイミングは家庭裁判所に申し立てをし、任意後見監督人が選任されたときにスタートします。
任意後見監督人は文字どおり任意後見人を監督する人です。任意後見制度では、この監督人は必ず選任されることになり、現状は家庭裁判所が弁護士や司法書士など法律専門家を選ぶことが多いようです。
さらに、任意後見監督人に支払う報酬も毎月必要になります。
ただ、子供の障害が重度の精神障害の場合で成人してしまったら、任意後見制度を活用しておかなければ法定後見制度を使うことでしか財産の管理運用はできなくなります。
監督人から監督を受けるとしてもまだ親が、若しくは信頼できる人が任意後見人として財産管理を行うことができるようになりますので、何もしないよりはメリットは大きいです。
■金銭信託契約とは?
金銭信託契約は、後見人制度と似たような性質の契約です。
娘さんが未成年のうちに親権を利用して、娘さんの預金を始めとする財産を管理する「信託契約」を結んでおく制度です。
そうすることにより、娘さんが成人後も契約書内に書かれた内容については同様の状態でいられます。
金銭信託契約は後見人制度とは違い、監督人を付ける必要がないのが大きなメリットです。他人から監督されたり金銭的な負担がありませんので、ストレスなく運用できるのが良い点ですね。
金銭信託契約における注意点は「財産管理以外の権限がない」ということです。
具体的には、娘さんが病気になったり、介護が必要になった際に面倒を見てもらう施設・サービスを決めることができない点を理解しておく必要があります。
金銭信託契約とは、お子様名義の預金をご両親若しくはご兄弟など信頼できる方を受託者として「金銭信託契約」を実行しておくことです。もちろん、子供が未成年のうちに親の「親権」を利用して信託契約を代理して行います。
こうすることでお子様名義の預金であってもご両親、ご兄弟など受託者となった信頼できる人から障がいを持つお子様に金銭給付を自由に行うことが可能となります。
金銭信託の一番のメリットは第三者の関与を必要としないことです。
当然、第三者から「監督」を受けることもありませんし、第三者に報酬を支払う必要もありません。
デメリットとしては、財産管理以外のことはできないということです。ここが任意後見契約と大きく違うところで、任意後見では本人の状態やニーズに応じて柔軟にサポート内容を決められますが、金銭信託契約では、子供名義の預金だけ、や、子供名義の不動産だけなど、財産(物)に対してその財産(物)を管理運用することしかできません。
わかりやすく言いますと、任意後見契約では財産管理以外の、例えば、介護施設の選択や移転の契約を代理してできたり、医療機関や介護サービスの内容を選択し利用する項目を決めるなど身上保護に関する契約内容を盛り込むことができるのですが、信託契約ではそのようなことはできません。
そのため、任意後見契約では娘さんの意思(好き嫌い)や生活水準を考慮して身上保護の範囲をその子に寄り添ったかたちで決めることができるのです。
ですので、私が一番おすすめしたいのが「任意後見契約と金銭信託の併用」なのです。子供のための主要な財産を信託とし、それ以外を任意後見契約で補足します。
そうすることで主要な財産(今回は娘名義の700万円の預金)を信託してOさんが成人後も引き続き預金の引き出しを可能とする状態を作り、将来Oさんが加齢などにより管理が難しくなった場合、Oさんに代わり、息子さんが引き続き管理できる状態を作り、それ以外を任意後見契約で補充するイメージです。
■おすすめは後見人制度と金銭信託の併用
後見人制度と金銭信託契約の内容を踏まえると、今回のOさんにとってのベストな方法は
娘さんが未成年のうちに「後見人制度と金銭信託契約を結んでおくこと」と言えるでしょう。
こうしておくことで、娘さんが成人後も彼女名義の財産は、信託契約によって引き続きOさんが引き出しできる状態に維持できます。信託契約では、あらかじめ将来Oさんが加齢などにより管理ができなくなったら、娘さんの兄弟のいずれかに引き継ぐといった先を見据えた内容も盛り込んでおくこともできます。
そして、財産管理以外の分野については後見人制度を活用する様にしておけば、確実といえます。
最後に
いかがでしたか?
今回のケースのように、障がいを持つお子さんがいらっしゃるご家庭では、お子さんが成人する前に「親権」を利用して事前準備をしておくべきことがあります。
なぜなら、お子さんが成人してしまったら、その瞬間に例え親子の関係であってもそれまで通りのやり方は通用しなくなってしまうからです。
もし、あなたがそうした不安がおありでしたら、ぜひ今から準備を始めてみてはいかがでしょう?
当事務所では、将来に向けての準備で分からないことがあれば、いつでもご相談いただけます。
ぜひお気軽にお声かけください。