信託の歴史と改正前の信託法
「個人と個人が信頼関係に基づいて、信託契約を結ぶことができる」という今の信託法の仕組みは、中世のイギリスにおける十字軍から始まったと言われています。
今日は、いつもと少し趣向を変えて、信託の歴史をお話してみたいと思います。必要だから信託が行われてきたんです。歴史から信託を見てみるのもおもしろいですよ。
また、今の信託法では信託した財産は相続とはならないのですが、昔の信託法(旧信託法)の時代と比べることでよりおわかりいただけると思うので、昔の信託法についても少し、ふれてみようと思います。
信託の歴史について
先ほど、信託はイギリスの十字軍から始まったとお話しました。これは出征していく兵士が、残された家族の生活を守るために、信頼できる友に自分の財産の管理をお願いして、その友が「よし!わかった!」と、お願いされたとおりに残された家族のためにその財産を管理したということが「信じて託す」信託となったということです。
そして出征した兵士が無事に帰還すれば信託は終了し、ケガなどで動けない状態で帰還すれば友は信託をそのまま継続します。さらに、万が一、兵士が死亡したとなれば信託は継続したまま受益権(財産権)のみを残された家族に渡すという、出征した兵士がどんな状態になっても対応できるというとても優れた内容の契約でした。
そしてこの契約は、兵士と友との絶対的な信頼関係(紳士協定)のもとに行われるものであり、友が裏切るという前提は全く無いものでした。まさに、紳士の国、イギリスらしいですね。
次はアメリカの話を少し
アメリカでは、今でこそ信託が当たり前に行われていますが、信託が生まれる前は人が亡くなると「Probate(プロベート」という裁判所による公開検認制度」に服することとなり、時間もかかる、費用もかかるということで大変評判が悪かったんです。そして1965年以降、個人間での新しい信託活用法Living Trust(リビング トラスト)をLoving Trust(ラビングトラスト)と呼び変えたことで信託が普及したと言われています。
このように、欧米では今も信託をするのが当たり前であって、財産を残す予定のある方は何もせずに亡くなることはほぼありません。
日本とはぜんぜん違いますね。生前の対策として知られる遺言も全体で約9%未満しか利用がない状況なんです。
では、次に改正前の旧信託法について少しお話します。
信託法が大改正されたのは、小泉政権の時代です。小泉構造改革という大きな変革の中のひとつで平成18年に信託法の改正が行われました。
改正前の旧信託法は、金融行為を行う信託会社・信託銀行などを国家が規制する法律だったので、主に商事信託を対象としていました。商事信託とは、簡単に言うと、信託会社や信託銀行がお金を預けてもらって、手数料をもらって、少し利息をつけるという商売で信託を行うことを言います。
現在の信託法でできるようになった個人間信託は裁判所の関与が必要だったりして、旧信託法の時代では、実質的に行うことが大変難しいものでした。まさに金融のための法律ですね。
そのため、信託受益権は相続の規定に従うしかない状態でしたので、今の信託法にある相続ではない方法で受益権が承継されるという条文は無かったんです。今は条文に明確に相続ではない受益権の承継方法が記されておりますので、旧信託法とは全くの別物ということです。
いかがでしたか?
歴史や法律は難しいけれど、信託は必要とされて生まれて、個人と個人の間で誰でも行えるように改正がされてきたんだな、ということを知っていただければ幸いです。
旧信託法の時代と違って、今は誰でも信託することを選択できますから、信託は、お金持ちだけが資産を運用するために行うものではなくて、普通の一般の方が自分の財産の行方を決めるために活用できるんだなということも覚えておいてもらえると嬉しいです。